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2.5次元びゅーーーん

神山智洋くんの手のひらの上で転がる日々。

彼らのことは大好きです。

昨日まではアルバム曲、ソロ・ユニット曲にわけて、感想をメモしてきた。

 今日はアルバム全体に関しての、わたしの“いま思うところ”をメモする。あとから読み返して、感情を振り返るための自己満足的なメモなので、もちろんわたし個人の意見だ。そのため、厳しいことも言うかもしれない。だから、そういうのが苦手な方は読まないでほしい。

 

“日常”と“非日常”

今回のアルバムに関しては、ライブのことを第一に考えて選曲したような印象を受けた。地方の車社会で生活するわたしにとって、音楽を聴く場というのはもっぱら車内になるわけなんだけれど、閉鎖的な空間でこのアルバムを聴いていると、どこか“おいてけぼり感”があった。この表現が正しいのかどうかは分からないけれど、今のところわたしの感情にしっくりきた言葉がコレだ。確かにライブでは盛り上がりそうだし、その光景が目に浮かぶ楽しい曲ばかりである。ただこのアルバムを車内で聴いているわたしは、“日常”を過ごしているのだ。その中にライブという“非日常”を中心に選ばれた曲を溶け込ませるのは、なかなか難しいものがある。そういう面で前作の「パリピポ」は、“日常”に溶け込みやすいアルバムだったように感じる。

 

“も”と“しか”

“11曲もある”のか、“11曲しかない”のかは人それぞれだと思うけれど、わたしは後者の捉えかただ。通常盤はそれより4曲多いけれど、わたしは”15曲しか”ないと思っている。確かに前作の「パリピポ」は通常盤が7曲、初回盤にいたっては5曲しか収録されていなかったので、比較するとかなり収録曲が多くなったように感じる。それでもなぜわたしが“しかない”の捉え方をするかというと、彼らには歌える曲がありすぎるからだ。親バカのような発言になってしまうけれど、彼らのようにメンバー全員歌が上手なグループは少ないように思う。だからメンバー同士の歌割にも、たいした差はないように感じる。どんな曲調の歌も聴かせることができる彼らにとって、15曲しか選べないことは、とても頭を悩ませることだと思う。それなのに今回のアルバムは、あまりに曲調が偏りすぎていた。そのことにわたしは、もったいないと感じてしまったのだ。

 

“らしい”と“らしくない”

わたしのようなファン以外で、彼らのアルバムを手に取り耳にする方は、2つに分かれると思う。それは、他のジャニーズグループに担当がいる方とそうでない方である。どちらに人数が多いかというと、圧倒的に前者のほうが多いと思う。一般の方が、彼らのアルバムを耳にすることは、まだまだ非常に稀なことだと、勝手に推測している。「ライブに来た人を虜にする」のもいいけれど、それならまず「ライブに行きたい」と思わせるのが前提ではないだろうか。ではどうやって先ほどの前者を惹きつけるのか。それはテレビで魅せる彼ら"らしさ"とは別に、ファン以外のジャニヲタが知らない彼ら“らしくない”部分を魅せることが必要だと思うのだ。

先日のベストヒットアーティストの際、エイターの友人に「ジャニーズWESTって、LOVEメドレーで歌えるような曲あるの?」と問われた。その後、「Can’t stop」と「All My Love」を観て聴いて、その友人はとても驚いていた。彼らをよく知らない人たちからみると、いい意味でそれは“らしくない”曲だったはずだ。少年倶楽部を観ていれば別だけれど、そういう彼らを知っているジャニヲタは少ないと思う。

音楽番組で彼ら“らしい”曲を歌っているところを観て聴いて、アルバムを手にとってくれる方がいたとき、「テレビで観るとおりだな」と思われるか「こんな曲もあるんだな」って思わせるのかは、印象が全く異なる。そして前者のイメージを持ってしまった場合、「テレビで十分だ」と思われてしまえばそれまでなのだ。対して後者のイメージを持ってくれた場合には、違うアルバムを勧めるなど、その先が広がっていくのだ。おそらく今回のアルバムは、ソロ・ユニット曲にいくまでに、前者のイメージを持たれてしまうと思う。

 

 

勝手にいろいろ書いてきたけど、彼らが一生懸命選曲をしたことは分かっているつもりだ。アルバムタイトルにちなんで、アップテンポな曲を多く入れたかったのも分かる。メンバー全員が会議室に集まり、ああだこうだと議論を交わしながらアルバムを制作したことを想像すると、愛しくて涙が出そうだ。だからこそみんなに褒めてほしい。みんなから「今回のアルバム、よかったよね!」って言われるようなものを残してほしい。アルバムを手に取った全ての人が、彼らのことを好きになってほしい。という思いがウザすぎて、ここまで語ってしまった。反省。